二重底の内生活はなくなつた。
思索のつきあたりにいつでも頑として
一隅におれを閉ぢこめていたあの壁が
今度こそ崩壊した。
その壁のかけらはまだ
思ひもかけず足にひつかかる事もあるが、
結局かけらは蹴とばすだけだ。
物心ついて以来のおれの世界の開闢で
どうやら胸がせいせいしてきた。
おれはのろのろのろいから
手をかへすやうにてきぱきと、
眼に立つやうな華やかな飛び上つた
さういふ切りかへは出来山ないが、
おれの思索の向ふところ
東西南北あけつぱなしだ。
天命のやうにあらがひ難い
思惟以前の邪魔は消えた。
今こそ自己の責任に於いて考へるのみだ。
随分高い代価だつたが、
今は一切を失つて一切を得た。
裸で孤独で営養不良で年とつたが、
おれは今までになく心ゆたかで、
おれと同じ下積みの連中と同格で、
痩せさらばへても二本の角がまだあるし、
余命いくばくもないのがおれを緊張させる。
おれの一刻は一年にあたり、
時間の密度はプラチナだ。
おれはもともと楽天家だから
どんな時にもめそめそしない。
いま民族は一つの条件の下にあるから
勝手な歩みの許されないのは当前だ。
思索と批評と反省とは
天上天下誰がはばまう。
日本産のおれは日本産の声を出す。
それが世界共通の声なのだ。
おれはのろまな牛こだが
じりじりまつすぐにやるばかりだ。
一九五〇年といふ年に
こんな事を言はねばならない牛こがいる。
高村光太郎は有名な「牛」の他にもいくつか牛の詩を書いています。
牛ののろのろした、しかし確実な歩みに自分を重ね、元気づけている感じがします。
この「鈍牛の言葉」も、ふっきれた感じの詩です。すでに智恵子夫人がなくなってから10年以上経ち、
一人の生活になった光太郎ですが、勢いは失っていないのです。
おれと同じ下積みの連中と同格で、
痩せさらばへても二本の角がまだあるし
…このへんが大好きです。