高村光太郎の第一詩集。大正三年十月叙情詩社刊。「失はれたるモナ・リザ」(明治四十三)」から「秋の祈」(昭和十四)まで七十五篇の詩、三十二篇の小歌を含む。
失はれたるモナ・リザ /
庭の小鳥 /
画室の夜 /
声
風 /
『心中宵庚申』 /
けもの /
手 /
金秤
はかなごと /
父の顔 /
山 /
よろこびを告ぐ
冬が来た /
冬の詩 /
牛 /
道程
秋の祈 /
わが家 /
花のひらくやうに
湯ぶねに一ぱい /
小娘 /
雨にうたるるカテドラル
下駄 /
クリスマスの夜 /
沙漠 /
落葉を浴びて立つ
旅にやんで /
へんな貧
こられの作品は「スバル」「朱欒(ざんぼあ)」「白樺」「創刊」などに発表されたもので、当時の詩集としては珍しく作品発表順に並べられている。
これは作者自身の内的成長の過程をあらわそうという意図であり、単に順番に並べただけでなく細心な注意を払って詩の選択や推敲が行われている。
「ただ製作順に自己の詩を並べて、注意深い読者におのづから筆者内部のエヴオリユシヨンを見てもらはうとしたのである。それ故、装幀も無装飾、まるで違つたカテゴリイに属する詩篇も平気で並べたのである」(「某月某日」)
たとえば表題作の「道程」は最初102行だったのが詩集に収録される際に9行に縮められた。
前半は智恵子に出会う前の放蕩時代と重なり、「根付の国」「父の顔」など、ネガティブで破滅的な詩が目立つ。
後半は智恵子によって魂の救いを得た時期で、「道程」をはじめ、再生への期待と自然讃美が多くなってくる。
光太郎が父光雲から貰った二百円で自費出版したもので、発行部数は二百部程度だったという。
三ツ村繁蔵による改訂版(昭和十五)や光太郎自身が再編した再訂版(昭和二十)があったが、戦後は初版の形に戻された。