高村光太郎『後庭のロダン』朗読mp3
ドコモ・Sバンク→12
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ああ、たとへばこれだな、
あの木の腕がこちらへねぢれる、
アンヴァリイドの屋根が向うに見える、
午後の日がふかぶかと斜にさす、
雀が二羽。
ああ、たとへばこれだな、
ロンドボスの秘密を
あの小鳥こそくはへてゐるな。
七十四のロダンは白い髯を前へ出して、
大きな両手でもぢゃもぢゃともんだ。
イレジスチイブルといふ字を、学校で
むかしおぼえた日のやうなうれしさが、
思はず総身をぞっとさせた。
悪魔.に盗まれさうなこの幸福を
明日の朝まで何処へ埋めて置かう。
身のやり場が無いので、ただじっと、
ログンは石のベンチにかけてゐた。
「水盤がいつしらず空になるやうに」
巴里の冬の日が音も無く蒸溜する。
ロダンはもう何も見ない、何も聞かない。
虚無の深さを誰が知らう。
不思議に生涯の起伏は影を消して、
黙りかへった三千年の大道があるばかり。
まるでちがった国のちがったにほひ。
そのくせ何の矛盾も無い母の懐、
父の顔、やさしい姉のひそやかな接吻、
ロオズブウレエ、クロオデル、クラデル、花子。
黒薔薇のやうな永遠の愛のほのめき。
脱落の境.にうかぶ輪廓の明滅。
凹凸を絶した
造形。
無韻に徹した
空。
ぐらぐらと目まひがすると、
ロダンははっと気がついた。
たそがれ時のオテルビロンの階段を
両手をうしろにして庭から昇る彼の顔に、
ああ何といふ素朴な飛躍。
―さうして私は本を閉ぢた。
しんかんとした駒込千駄木林町へ、
霜を狩る黄鐘調の午前二時が鳴りわたる。