高村光太郎『荒涼たる帰宅』の朗読を聴く

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あんなに帰りたがつてゐた自分の内へ
智恵子は死んでかへつて来た。
十月の深夜のがらんどうなアトリエの
小さな隅の埃を払つてきれいに浄め、
私は智恵子をそつと置く。
この一個の動かない人体の前に
私はいつまでも立ちつくす。
人は屏風をさかさにする。
人は燭をともし香をたく。
人は智恵子に化粧する。
さうして事がひとりでに運ぶ。
夜が明けたり日がくれたりして
そこら中がにぎやかになり、
家の中は花にうづまり、
何処かの葬式のやうになり、
いつのまにか智恵子が居なくなる。
私は誰も居ない暗いアトリエにただ立つてゐる。
外は名月といふ月夜らしい。


レモン哀歌」の後の状況です。智恵子の死を受け入れられず、目の前で 進行していることが全てリアリティを伴わず他人事のようで、呆然と 立ちすくむ光太郎。

その呆然とした感じが出るよう朗読しました。

「何処かの葬式のやうになり」個人的にこの一節が一番響きました。自分の妻の葬式とは思えない、思いたくない…。

「人は屏風を逆さにする」…「逆さ屏風」といって、死者の枕元の屏風を逆に立て、邪気払いする習慣です。

光太郎はこの「荒涼たる帰宅」(昭和16年)以後、智恵子の詩を書くことをやめました。

折りしも日本は太平洋戦争に突入し、光太郎は智恵子を喪った悲しみを振りはらうように戦争詩の製作に没入していきます。

戦争中、光太郎はひたすら戦気高揚詩を書き続け、一切智恵子のことは書きませんでした。

ふたたび光太郎の詩に智恵子が登場するのは戦後の「報告-智恵子に」です。

これを録音した時は回りに毛布をたらして吸音しました。いつもより 音が柔らかくなりました。毛布はよい吸音材です。めんどくさいから 滅多に使わないんですが。

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