高村光太郎『山麓の二人』朗読mp3
携帯用→ 1 2
携帯用→ 1 2
二つに裂けて傾く磐梯山の裏山は
険しく八月の頭上の空に目をみはり
裾野とほく靡いて波うち
芒ぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草を藉いて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭する
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて
のがれる途無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋る
この妻をとりもどすすべが今は世に無い
わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し
闃として二人をつつむこの天地と一つになつた。
昭和八年八月、高村光太郎・智恵子夫婦は静養のため裏磐梯を旅行します。
その二年前にすでに智恵子は精神に異常をきたしていました。
「樹下の二人」「あどけない話」などの明るく爽やかな雰囲気と比較すると、
そのギャップからなおさら悲劇が強調されます。
二人の前に重い運命の象徴のように迫る磐梯山。
悲痛です。