高村光太郎『彫刻一途』朗読mp3
ドコモ・Sバンク→12
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日本膨脹悲劇の最初の飴、
日露戦争に私は疎かつた。
ただ旅順口の悲惨な話と、
日本海海戦の号外と、
小村大使対ウヰツテ伯の好対照と、
そのくらいが頭に残つた。
私は二十歳をこえて研究科に居り、
夜となく昼となく心をつくして
彫刻修業に夢中であつた。
まつたく世間を知らぬ壷中の天地に
ただ彫刻の真がつかみたかつた。
父も学校の先生も職人にしか見えなかった。
職人以上のものが知りたかつた。
まっくらなまはりの中で手さぐりに
世界の彫刻をさがしあるいた。
いつのことだか忘れたが、
私と話すつもりで来た啄木も、
彫刻一途のお坊ちやんの世間見ずに
すっかりあきらめて帰つていつた。
日露戦争の勝敗よりも
ロヂンとかいふ人一の事が知りたかつた。
高村光太郎が彫刻一途な若い頃を回想して歌った詩です。石川啄木との交流について触れられてるのもポイントです。
若い頃バンドをやったりイラストを描いたりという経験がある人は共感できるのではないでしょうか。
実際はここまで世事に疎かったわけでなく日露戦争の行末などかなり
気にしていたようですが、「芸事しか頭にない世間からズレた変人」
というキャラクターを気負っているのかもしれません。