死んだ智恵子が造つておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光を葆み、
いま琥珀の杯に凝つて玉のやうだ。
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがつてくださいと、
おのれの死後に遺していつた人を思ふ。
おのれのあたまの壊れる不安に脅かされ、
もうぢき駄目になると思ふ悲に
智恵子は身のまはりの始末をした。
七年の狂気は死んで終つた。
厨に見つけたこの梅酒の芳りある甘さを
わたしはしづかにしづかに味はふ。
狂瀾怒濤の世界の叫も
この一瞬を犯しがたい。
あはれな一個の生命を正視する時、
世界はただこれを遠巻にする。
夜風も絶えた。
智恵子さんを喪って十年がたち、ようやく気持ちも落ち着いてきた頃の
詩です。
「レモン哀歌」のような美化がなく抑えたトーンで
語られているからこそ、ズーーンと重く光太郎の胸のうちが伝わってきます。
「悲しみ」を強調して朗読しましたが「懐かしさ」に重点を置くとまた全然違った朗読になるでしょう。
「狂瀾怒濤の世界の叫」…これは何の意味でしょうか。「梅酒」が発表されたのは昭和15年。この前年から太平洋戦争が始まっていました。これは戦争の足音をさしているのです。
「七年の狂気は死んで終った」「狂瀾怒濤の世界の叫もこの一瞬を犯しがたい」この二箇所だけ思い切り声を出してみました。
このように一つの詩の中に極端に小さな声と大きな声が混在してるときはコンプレッサーをかけたほうがです。
小さい音をグッと持ち上げて、大きい音をギュッと抑えて、音の粒をそろえるわけです。
でないと小さい音は小さすぎ、大きい音は大きすぎることになり、非常に聴きにくいものになります。
コンプレッサーが無い場合は声張り上げる時だけマイクから下がるといいです。