高村光太郎『父の顔』朗読mp3 ドコモ・Sバンク→12

父の顔を粘土(どろ)にてつくれば
かはたれ時の窓の下に
父の顔の悲しくさびしや

どこか似てゐるわが顔のおもかげは
うす気味わろきまでに理法のおそろしく
わが魂の老いさき、まざまざと
姿に出でし思ひもかけぬおどろき
わがこころは怖いもの見たさに
その眼を見、その額の皺を見る
つくられし父の顔は
魚類のごとくふかく黙すれど
あはれ痛ましき過ぎし日を語る
そは鋼鉄の暗き叫びにして
又西の国にて見たる「ハムレット」の亡霊の声か
怨嗟(ゑんさ)なけれど身をきるひびきは
爪にしみ入りて?疽(ひやうそう)の如くうづく

父の顔を粘土にて作れば
かはたれ時の窓の下に
あやしき血すぢのささやく声……


高村光太郎の詩において「父との対決」は主要なテーマの一つです。 青年期には多くの人が直面する問題ですが、光太郎の場合、【木彫家高村光雲】という 偉大すぎる父を持ったため、その問題は特に強かったのです。

明治44年、ヨーロッパ留学から帰国した光太郎は、父光雲の還暦の 祝いに際し、「光雲還暦記念胸像」を作ります。これはその胸像に連動した 詩です。

しかし、およそ「祝い」という明るさはなく、「うす気味わろきまでに」 「魚類のごとき」「痛ましき」「鋼鉄の暗き叫び」暗い言葉が ズラリと並びます。

父と自分の顔が似ていることを認めながらも、それに激しく反発しています。 「顔」には「生き方」特に、芸術家としての方向性ということを含むと思います。

ヨーロッパの彫刻に触れた光太郎には、彫刻を商売にする父のやり方は 「俗物」と映ったのでしょう。金にならなきゃ単なる趣味じゃんと 思うのですが、そういうのを毛嫌いする若さというか、純真さというか。

光雲はこの頃彫刻制作会社を設立し光太郎にその運営を任せようと 考えていましたが光太郎はキッパリそれを拒否、父の望みとは違う 道を歩み始めました。

ネガティブな詩なので、なるべく声を押し殺してネガティブな朗読になるように気をつけました。なんでもかんでも前向きに朗読すればいいわけじゃないということに最近気づいてきました。

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