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無料解説音声「高村光太郎と智恵子」

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教科書でおなじみの詩です。自然を頼んで、力強く進んで行く…。
短いながら、気合の入る詩です。

高村光太郎『道程』朗読mp3
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僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

DOUTEI Takamura Koutarou
boku no mae ni michi wa nai
boku no ushiro ni michi wa dekiru
aa shizen yo
chichi yo
boku o hitoridachi ni saseta koudai na chichi yo
boku kara me o hanasanaide mamoru koto o seyo
tsuneni chichi no kihaku o boku ni mitaseyo
kono tooi doutei no tame
kono tooi doutei no tame

解説

教科書でおなじみの『道程』です。 『美の廃墟』にて大正3年3月号発表。 同年9月、高村光太郎の第一詩集『道程』に収められました(抒情詩社)。

詩集『道程』は1920(大正3)の『失われたるモナ・リザ』から 14年の『秋の祈』まで75編、小曲32編を含みます。

これら作品群は雑誌『スバル』『白樺』などに発表されたものです。

高村光太郎自身が「『道程』は『泥七宝』の小曲を境に して截然と前後に切れてゐる」と語るように、前半と後半で大きく作風が 異なります。

前半は留学から帰国したあとの荒れすさんだ気持ちを反映し、『根付の国』『父の顔』 など、ネガティブで反逆的、ヤケクソな詩が多いです。

後半はちょうど智恵子との恋愛期に重なり、表題作『道程』や『五月の土壌』など、自然賛美や再生への期待 といった前向きな雰囲気が見てとれます。

平明な口語体も当時としては新鮮なもので、後の口語自由詩の 発展に大きく貢献しました。

もとは102行あり、過去から現在に至る光太郎の歩みをつづったものでした。その最後の7行を独立させこの形になりました。

「道程」は道のり、行程のこと。「人生の歩み」を示しているのでしょう。雄大な自然に支えられ、この道程を歩いて行こうということです。

ただし高村光太郎のいう「自然」は「父よ」「僕を一人立ちさせた広大な父よ」という呼びかけから、単に優しいものではなく時に突き放したり厳しい父性を備えていることがわかります。

高村光太郎がキリスト教に感心が強かったことも関係しているのかもしれません。

初唐の詩人、陳子昂(ちんすごう)の「登幽州台歌(幽州台に登るの歌)」に書き出しのところがよく似ています。

前に古人を見ず
後に来者を見ず
天地の悠悠たるを念おもい
独り愴然として涕なみだ下る

以下は『道程』の原型、その全文です。

道程

どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう
自堕落に消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められかけたあの道
幼い苦悩にもみつぶれたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
四離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命(いのち)の道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命(いのち)の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
これこそ厳格な父の愛だ
子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
たうとう自分をつかまへたのだ
恰度そのとき事態は一変した
俄かに眼前にあるものは光を放出し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そしてその気魄が宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつていた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ
僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところにたちつくして居た
僕は心を集めて父の胸にふれた
すると
僕の足はひとりでに動き出した
不思議に僕は或る自憑の境を得た
僕はどう行かうとも思はない
どの道をとらうとも思はない
僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
その間に花が咲き水が流れてゐる
石があり絶壁がある
それがみないきいきとしてゐる
僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
しかし四方は気味の悪い程静かだ
恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある
寂しさはつんぼのように苦しいものだ
僕はその時又父にいのる
父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや這ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部分だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は鮭の卵だ
千万人の中で百人も残れば
人類は永久に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して
自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い
そして其の大道はない
自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため



道」といえばアントニオ猪木の引退演説(1998)を思い出します。

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