忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

無料解説音声「高村光太郎と智恵子」

全10回の無料解説音声です。高村光太郎と智恵子の歩みを詩の朗読をまじえて解説します。

●メールアドレスを入力して「確定」を押してください。
●携帯電話のメールアドレスにはとどきません。パソコンのみの対応です。
●メールマガジンの読者サービスとして無料公開するものです。後日メールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」をお送りさせていただきます。すべて無料でいつでもこちらから解除できます。
●当メール講座とメルマガ配信以外にメールアドレスを使うことはありません。第三者に開示することはありません。





高村光太郎『独居自炊』朗読mp3
無料解説音声「高村光太郎と智恵子」

全10回の無料解説音声です。高村光太郎と智恵子の歩みを詩の朗読をまじえて解説します。

●メールアドレスを入力して「確定」を押してください。
●携帯電話のメールアドレスにはとどきません。パソコンのみの対応です。
●メールマガジンの読者サービスとして無料公開するものです。後日メールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」をお送りさせていただきます。すべて無料でいつでもこちらから解除できます。
●当メール講座とメルマガ配信以外にメールアドレスを使うことはありません。第三者に開示することはありません。





ほめられるやうなことはまだ為ない。
そんなおぼえは毛頭ない。
父なく母なく妻なく子なく、
木端と粘土と紙屑とほこりとがある。
草の葉をむしつて鍋に入れ、
配給の米を余してくふ。
私の台所で利久は火を焚き、
私の書斎で臨済は打坐し、
私の仕事場で造化の営みは遅々漫々。
六十年は夢にあらず事象にあらず、
手に触るるに随つて歳月は離れ、
あたりまへ過ぎる朝と晩とが来る。
一二三四五六と或る僧はいふ。


高村光太郎は太平洋戦争末期の昭和20年、奥州の花巻に疎開し、その地に山小屋を建てて7年間を過ごします。 その、山小屋での独居自炊生活を歌った詩です。

すでに智恵子夫人は亡くなっています。

最後の「一二三四五六」は禅に関係したことなんでしょうか。 「朝が来て晩が来るというような当たり前のこと」をさしていると文脈から 読み取れるのですが、元ネタとなる仏教の命題があるのか、わかりませんでした。

PR
無料解説音声「高村光太郎と智恵子」

全10回の無料解説音声です。高村光太郎と智恵子の歩みを詩の朗読をまじえて解説します。

●メールアドレスを入力して「確定」を押してください。
●携帯電話のメールアドレスにはとどきません。パソコンのみの対応です。
●すべて無料で、不要な場合はいつでも配信停止できます。当メール講座配信以外にメールアドレスを使うことはありません。第三者に開示することはありません。





忍者ブログ [PR]
Copyright(C) 高村光太郎 朗読 All Rights Reserved
QLOOKアクセス解析