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無料解説音声「高村光太郎と智恵子」

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高村光太郎『終戦』朗読mp3
ドコモ・Sバンク→123
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すつかりきれいにアトリエが焼けて、
私は奥州花巻に来た。
そこであのラヂオをきいた。
私は端座してふるへてゐた。
日本はつひに赤裸となり、
人心は落ちて底をついた。
占領軍に飢餓を救はれ、
わづかに亡滅を免れてゐる。
その時天皇はみづから進んで、
われ現人神にあらずと説かれた。
日を重ねるに従つて、
私の眼からは梁(うつばり)が取れ、
いつのまにか六十年の重荷は消えた。
再びおぢいさんも父も母も
遠い涅槃の座にかへり、
私は大きく息をついた。
不思議なほどの脱卻のあとに
ただ人たるの愛がある。
雨過天晴の青磁いろが
廓然とした心ににほひ、
いま悠々たる無一物に
私は荒涼の美を満喫する。


昭和20年(1945年)8月14日、御前会議でポツダム宣言を受諾することが決議され、 翌日昭和天皇の肉声で「敗戦の詔勅」が国民に向けてラジオ放送されました。

いわゆる「玉音放送」です。「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」の部分は特に有名です。

高村光太郎は基本的には日本の戦っている戦争が正義の戦争だと信じていたようです。 多くの戦気高揚詩を書いています。

それだけに戦後のショックは大きかったでしょう。奥州花巻で七年間の山小屋生活を 送ったのは、戦争中の自分への反省の意味もあったのかもしれません。

youtubeに玉音放送の動画がありました。

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